小野立晃  高校教諭

IMG_9751

最高に幸せな日々

新入生の皆さんへ。ご入学おめでとうございます。今皆さんはこれから始まる大学生活をどのように送ろうかと胸を弾ませているのではないでしょうか。大学生活は社会人として羽ばたいていく直前の4年間です。実りある4年間になることを、君たちの先輩として大いに期待しています。

私は現在、佐賀県の公立高校で理科・生物を教えています。そんな私も、つい5年前までは学生コーチとして、7年前までは選手として九州大学アメリカンフットボール部パルーカスに所属していました。部活やサークルに所属していない友人たちが休日に暇を持て余す中、澄み渡った青空の下で大声を出しながら(怒鳴りあいながら?)「全ては勝つために」と、それだけのためにグラウンドを走り回っていた時間が、最高に幸せな日々だったんだなぁ、と今改めて実感しています。

私がアメリカンフットボール部に入部したのも、他のOBや選手と同じように勧誘されて、「面白そうだな」と思ったからです。「九大生が勉強だけなんて全く面白くないでしょ。俺たちは九州で優勝するのはもちろん、本気で日本一を目指してる」という先輩の一言に心を鷲摑みにされました。ただ、今までスポーツで「優勝」なんてものと無縁だった私は、興味があったものの「自信がありません」と打ち明けました。先輩はその時に「PALOOKAS」というチーム名に込められた意味と想いを教えてくれました。

もちろん練習は決して楽ではありません。チーム外の友人達が遊び呆ける中、「俺は何のためにこんなにキツいことをやってるんだ」と辞めようと思ったこともあります。でも、辞めたら何も残らない。絶対に辞めてたまるか、という気持ちで走り続けて4年目、いよいよ最終学年です。同学年の主将(前述の法学部の悪党)が、夏の過酷な走り込み練習後のハドルでチームメイトに対して言ったんです。「『楽(らく)』と『楽しい』は違う。同じ漢字を書くけど、意味は全く違う。楽なことはあくまで楽なことであって、楽しいものではないし、後になっても何も残らない。本当に楽しい時っていうのはきつくて辛くて、それでも我慢して努力を続けて、最後に結果が出た時だ」と。へらへらして楽しいねっていうのは、全然楽しいものじゃない、本当の楽しいものは辛いことの中にあるんだと、私は今でもこの心構えで仕事をしています。

語ったことはすべてアメフト

大学3年生の冬、高校の教員になろうと決めました。しかし、佐賀県の教員採用試験では理科・生物科目に毎年20人弱が受験し、合格者はほぼ1人。

大学4年生時のコピー 数か月前の君たちのように毎日12時間以上、生物や教育関連の法規などを勉強して筆記試験を受けましたが、全く手ごたえがなく、「今年はダメだな」と諦めていました。ところが合格発表の日、インターネットで合否を確認すると、何とそこには自分の番号があるではありませんか!2次試験の面接、小論文の準備を始めたのはその日からでした。当時の教員採用試験の平均合格者年齢は30歳前後でしたので、その年の面接も全力で準備はするものの、「まあ順当に受からないだろうから、二次試験を知って楽しもう」くらいの気持ちで受験しました。面接でしゃべった内容は大学4年間の経験です。もちろんすべてアメフト。特にきつかったこと、それでも全員で鼓舞しあって戦ったこと、今ではその経験に感謝できるようになったこと、などです。模擬授業で時間が足らずに失敗したので、「来年また頑張ろう」とあきらめてその年の試験を終えました。全く期待していなかったのですが、合格発表の日に「念のため」サイトを開いて確認してみると、そこに一つ書かれていた番号は、紛れもなく私の受験番号でした。

大学に入学したばかりの君たちに、一つ望むことがあります。それは、この4年間で大変な思いをしてほしいということです。「部活は高校で頑張ったから」「大学ではサークルを」「バイトしないといけないので」。それも大いに結構。その条件でも全力を注いでやれる「大変なこと」を見つけて欲しい。何かを犠牲にしてでも全力でコミットできる「目標」を見つけて欲しい。部外の大学の友人にも「4年間ヒマだったな」という学生は多くいました。それがすべて悪いわけではありませんが、「もったいないなぁ」と感じます。人間は目標を見つけて努力する過程で必ず壁にぶち当たる。しかし、その時にもがき苦しんでその壁を越えていくときに成長するんだと思います。IMG_9724

個性豊かな私の同期も、今では日本全国、あるいは世界を転々としながら活躍している人間ばかりです。7年前は就職氷河期と言われていて、クラスのほとんどの学生に、エントリーした大企業から「お祈りメール」が次々と届きました。弊社とはご縁がありませんでしたが、あなたの今後が良きものとなるように「お祈り」しています、というものです。そんな中、4年間汗と涙を流し続けた男たちが、例外なく望んだ進路に就職していったのは言うまでもありません。

小野立晃 30期RB――高校教諭