誰しも人生を変える出来事はいくつかあるかと思います。長崎の造船の街で育ち、九大工学部の船舶工学コースに進んだ私は、何もなければ卒業後は地元に戻り、そのまま技術職として造船会社に就職していたはずでした。そんな私が今、なぜインドネシア・スマトラ島の山奥の植林会社にいるのか。それは私にとってパルーカスとの出会いが間違いなくその「出来事」の一つだったからです。
 入部のきっかけは、入学間もない頃に学内を歩いていた時のことでした。一緒に歩いていた高校の同級生が、そのガタイの良さからアメフト部の先輩方の目に止まって呼び止められました。不思議な魅力にとりつかれたのか、気がつけば自分も入部届けを書いていました。
 入部後の生活は、入学当初の自分が思い描いていたキラキラとしたキャンパスライフとは似ても似つかないものでした。黒光りした太い腕が激しくぶつかり合い、汗が飛び散り、怒号が飛び交う。まさに戦場。そんな中、練習後の筋トレではいつの間にかベンチプレス100キロを上げられるようになっていました。夏休み、「海に行って焼けた?」と聞かれるたびに「いや、アメフトの練習で」と答える自分が嫌いではなくなり、テニスサークルの楽しかった合宿話を聞かされても、笑って流せるようになりました。
 私が今働いているのは総合商社、丸紅です。商社という仕事と商社マンの人間性に魅力を感じ、就職活動で強く志望したのを覚えています。パルーカスにも感じたこの「不思議な魅力」が、私の目を長崎から世界に向けました。入社2年目の2010年に中国に派遣され、10ヶ月間の中国語研修期間を経て2015年まで上海に駐在しました。携わったのは不動産開発のプロジェクトマネジメントでした。業務に忙殺される毎日。いつしか自分の最大の入社動機である“途上国で地元に貢献する”というキーワードを忘れかけていました。そんな時、スマトラ島の植林会社への出向募集を目にしました。そこで一念発起。そして今に至ります。
 商社はメーカーや金融会社とは異なり、「売るモノ」を自社で持っているわけではありません。貿易の仲介や事業投資、その先の会社経営を主な収入源としていますが、それらの商機を世界各地で見つけ、相手先と交渉します。事業投資では時に自ら会社を立ち上げ、運営し、継続的に利益を出すことまでが求められます。
 現在はスマトラ島の植林会社(PT Musi Hutan Persada)に駐在し、東京都よりも広い植林地を、植林資源の質向上のために走り回っています。植物や天候という自然と日々格闘し、出自や宗教がまったく異なる現地職員とのやりとりに四苦八苦することも少なくありません。また、水や電気といったインフラも整っていない僻地です。総合商社でも指折りのハードな任地ゆえの苦しみもあります。それでも、行き詰まった時の打開力やあらゆる苦しさを一瞬で吹き飛ばしてくれるのがパルーカスでの経験です。「あの時の辛さ、苦しみ、悔しさを思い出せば、乗り越えられない困難はない」とさえ思います。
 ただ、やはり今思い出しても本当に現役時代は辛かった……。それでも、自分がまた大学1年生の入学式にタイムスリップするとしたら、やはり同じ入部届けを書きたいですね。4年間戦い切った自信とその中で得た仲間たちは、これから先も自分を支え励ましてくれる原動力だと思うからです。人生を変える出来事。それは、あのフィールドでの全てだったのだから。

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