今から15年ほど前、私が新たに大学生活を迎えたあのころ。「楽しいから」「面白いから」といった誘い言葉があふれるサークル勧誘の中で、それとは異質な言葉をかけられることがありました。「アメフトで九州No.1を目指さないか?」。明らかに大変そうな目標を売り文句にしたひときわ“異様な人たち”に、それから惹き込まれていました。パルーカスの門を叩いたあの時を、今でも鮮明に覚えています。
 選手時代で特に印象に残っているのは、やはりプレーヤーとして迎えた最終4年生のシーズンです。秋のリーグ戦第2戦。他の選手と交錯して膝を強打し、負傷退場してしまいました。病院で「シーズン中の復帰は困難だ」と医師に告げられた時、付き添っていた母親が泣き崩れた姿を今でも忘れません。
 ただ、ひとりのプレーヤーとしてフィールドには立てなくても、その時の立場は副将でディフェンスリーダー。「自分がチームに最も貢献できる行動は何だろうか」と大いに悩みました。リーグ戦は残り3戦。復帰に向けたリハビリを最優先することは自分のエゴなのか、対戦相手の分析や後輩の育成に全力を傾けた方がチームは強くなるのではないか……。私自身の選択は、「全てを諦めない」ということでした。
 フィールドに戻ることができたのは最終戦。奇跡的にイン ターセプトをしてサイドラインに戻ったとき、当時ディフェンスコーディネーターだった現矢野監督に、言葉なく肩を叩かれ、試合中にもかかわらず涙が出たのを覚えています。試合は九大の勝利。九州制覇を成し遂げました。大きなケガとそこから復帰したこの経験が、今の自分自身を大きく形作っていると感じています。
 今、私は東京海上日動で所属部署の統括をしています。交通事故の被害にあった方々への示談交渉などを担当する部署です。目指すのは単純な金銭的解決ではなく、保険契約者の不安を解消することであり、可能な限りお客様の期待に応えることも必要です。またその中に他社との競争も伴ってきます。業務は多岐で複雑。それはまさに“endress journey”(終わりのない旅)と言えます。そこで必要なのが「何事も諦めない力」。これはパルーカスで培われた強みです。
 それともうひとつ、今に生きているパルーカスの文化があります。日々の練習・試合後には全員でビデオを見て反省しますが、プレーの成否に関わる目立つ選手のチェックだけでなく、一見関わりのないような端の選手の動きまで目を光らせます。そうした細部の動きであっても、自ら反省点を告げなかったら上級生から「自己申告!!」と促す声が飛び交っていました。全てのプレーで「自分はどう動くべきか」を考え、「試合中はサイドラインにいたとしても何ができるのか」まで突き詰めるこの習慣は、今に生きていると思います。目の前の仲間の出来事を我が事として捉え、主体的に関与し、課題を改善していく。こういう姿勢を持てる人はいろんな会社でも少ないように思います。アメフトを通じてこれを身に付けることは、きっと今後の社会生活においても「強み」になると思います。